Kostnice-blog

中川多理 Tari Nakagawa 【球体関節人形&人形写真】

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

A.P.ド.マンディアルグ「仔羊の血」によせて


白く乾いたカヴァンの少女とは対照的に。
もう一作は、汚辱と血に塗れた物語、マンディアルグの「仔羊の血」(「黒い美術館」収録)を選びました。


DSC_9528.jpg




思えば。少女の頃の私の読書は、これから自分に降りかかるであろうあらゆる災厄、想像し得るあらゆるパターンの悲劇を収得、反復、学習し、現実を生き延びる為のシミュレーションとレッスンの様相を呈していました。

しかし、世界はいとも簡単に想像を凌駕します。想像し得ない現実がもたらす出来事に、いつしか少女の頃のそういった書物による儀式を手放していきました。

マンディアルグを手にすると、忘れ去っていたその頃の習慣を思い出させてくれます。
幻想の中の少女たちが痛々しく恐ろしく凄惨な目にあえばあう程に、どれだけの輝きと艶やかさ美しさをもって私を慰めてくれたかを。



マンディアルグの少女たちは皆、被虐的でこれでもかと酷い目に合わされ、あまつ自ら命を絶ってしまったり。

御多聞に洩れず、「仔羊の血」のマルスリーヌ・カインも(※ここから完全にお話の肝を喋りますが)

愛する飼い兎のスウシーを、両親に「仔羊のシチュー」と偽って食べさせられ、自ら出向いたとはいえ黒人の屠殺屋ペトリュスに乱暴され。

しかし、ペトリュスが自ら首を括るのを見届け、とって返して両親を殺害。「あたしは血まみれの仔羊よ」と孤児院の尼たちに向かって云うマルスリーヌは中々にしたたかで、きっとスウシーのこともペトリュスのことも、一過性の通過儀礼として逞しく生きていくのでしょう。




展示では、(作中にはありませんが)兎の毛皮を纏ったマルスリーヌ・カインと、彼女が可愛がっていた橙黄色の雄兎スウシーと。
そこから派生して、マルスリーヌの毛皮の端切れで作った「eat me」という内臓入りのピンクの兎を連れて行きました。


9871.jpg
(スウシーと戯れ、その感覚に身をゆだね、「暖かい毛皮の袋に彼女をすっぽり包み込むように思われた」という描写からイメージしました。)



DSC_9750.jpg
(「スウシー」:内骨格を仕込んであり、肋骨の手触りからのお腹の柔らかさがチャームポイントです。)



DSC_9985.jpg
(「eat me」:何だかとても眼差しが生き生きとしている、と好評でした。
 たしかにスウシーと比べると野性的。お腹のポケットから内臓を取り出せます。)






以前に少年と兎について制作した時は、兎の多産性や生命力、小動物の躍動感と骨っぽさを少年の肢体と重ね合わせていたのですが。対して少女と兎には、なぜかずっと血に塗れたイメージが付き纏っています。

マンディアルグは文章の美しさ、エロティックさが際立っており、何度読み返しても一つ一つの描写、レトリックに改めてうっとりとするのでした。


スポンサーサイト

アンナ・カヴァン「氷」によせて


パラボリカ・ビスにて開催された「物語の中の少女」展。
物語の中の少女、あるいは自分の中の少女の物語を描く試みでした。

人形は元来、少女(あるいは少年、幼い子供)の姿をとって表されることが多く。
その理由は、それが小さき者への庇護であったり、幼い子供の友達であったり、子供の形代であったり、ネオテニーへの偏愛だったり、未分化ゆえにこれから成長してゆく姿への期待値や可能性をも受容していたり…そういった諸々を、成り立ちから自然に人形が内包している故だと思います。

必然、普段から人形を作ることが少女を作ることに等しかったので、今回は折角の機会なので物語に著された少女の姿を追ってみることにしました。

選んだのはアンナ・カヴァン「氷」とA.P.ド.マンディアルグ「仔羊の血」の二編。







※清書するのを諦めたので当時のメモ的になりますが、「氷」の読後感と制作についてなど。
(人形自体はフラットに観て頂きたかったので、展示終了後の後出し。)





カヴァンは「アサイラム・ピース」を読んでいたものの、謎の多い作家で、サンリオSF文庫、バジリコ版からかつて出ていた「氷」は入手困難。
最近ちくま文庫からほぼ改訳で刊行されたのをこれ幸いと入手して、読み始めてすぐ夢中になり、その勢いのまま制作を進めました(スケジュールやばかったです)。

作者本人がヘロインの影響で幻覚と共に生きながら小説を執筆。
ドラッグの影響が色濃い作家としては他にバロウズ、ディックなど、幻覚・譫妄に悩まされた女性作家としてはウニカ・チュルンやキャリントンなどシュルレアリストの女性たちの小説も思い起こします。

「氷」のストーリー自体は単純で、世界が氷に浸食されていく中、アルビノの少女(実際は成人に近い女性ですが、華奢でか細く儚い容貌は少女のそのもの)を主人公の「私」が追いかけて行く。謎は謎のまま解明されず、幻覚によるヴィジョンと実在の少女の姿とが明確にされないまま混在し立ち現われ、それが単純なストーリーを複雑化しています。

でも、物語の中に存在する「何か」に出会う尊い瞬間を求めて本を手にする貴方達&私達には、お話としての整合性、起承転結など全く問題では無いでしょう。

(一応、ちくま版クリストファー・プリーストによる序文にて「これはスリップストリーム(※定義不能だけれども/読者の内に異質性の感覚を誘発する/あらゆるカテゴリー付けの外にある精神の状態 )です」と解説があって、とっつきにくさを薄めてくれています。)

迫りくる氷の恐怖、その中で何度も姿を変えて現れ消えていく印象的なアルビノの少女の姿。

手探りで霧の中を進むように、周囲で起こる不条理な現象を追い、核心には近づかない。

(「『城』のよう。長官とか出てくるし。」と夜想編集長も読後の感想として仰っていました。
 実際「非人格化」「絶望」「名前のない謎めいた権威的存在との果てしない闘い」といった点で、カヴァンのカフカからの影響は示唆されています。
 しばらく制作でカフカに関わっていたので、なぜカヴァンがここまでカフカへの親和性を持つようになったのか…と思いを馳せました。)


少女については虐待の過去など、幾つかの情報は与えられるものの、具体的な人物像は最後まではっきりとはしません。でも、この謎めいた小説を読み終える頃には白い少女のヴィジョンがありありと眼前に浮かび上がる。
少女は時にその姿だけで、重要なそして魅力的なアイコンとなる力を持つ。
ビジュアル的な圧倒的な魅力、存在感。ある意味良き少女小説としての有り様を思い出させてくれました。


ラストは世界が氷に包まれる中、それとは真逆に少女との和合によって初めて訪れる心の安息、暖かさ。
完全なディストピアの中での二人の交感と充足に心満たされる、美しい終末のヴィジョン。

夢野久作の中編に「氷の涯」という 大好きな作品があるのですが、
あのラストの二人の、絶望的でいて寂寞とした美しい情景を思い起こしました。

何度も語られる虐待の過去と繰り返される暴行、痛々しい少女の姿。の割には、具体的な描写は少なく乾いた印象なのでその辺は読みやすいかもしれません。






何度も姿を変えて現れる現実の少女と幻覚の少女と。

印象的な幾つかの場面から、

●「子供のように華奢なアイボリーホワイトの身体」「浮き出た骨は実にもろそうで」「アルビノの銀白色の髪は月光のように」といった、スタンダードな少女の姿

●「口からひとすじの血が流れ出し」「首は不自然な恰好にねじ曲げられ」「前腕の腕が折れ、手首の尖った骨の先端が避けた肉を破って突き出して」生きているとは思えない少女の姿

●「陽光を浴びた髪を青白い焔のように輝かせ、笑みを浮かべて、観衆にスミレを投げていた」スミレ色のドレスを着た少女の姿

の3シーンを制作しました。



DSC_9277.jpg
DSC_0034.jpg
(子供らしさの残るAラインのワンピースを身に纏い、浸食する氷をビーズワークで施しました。)



DSC_9305.jpg
DSC_9422.jpg
(あまりグロテスクな描写にはしたくなかったので、流れる血は氷を思わせる白色で。腕から突き出た骨は水晶を用いました。)



DSC_9454.jpg
DSC_9448.jpg
(作中ではドレスはもっとモダンなデザインをイメージしているかな、と思ったのですが、人形的にちょっとクラシカルな方向に振りました。作っていて楽しかったです。)


何がしかの幻想をのせるために最初から削がれた存在=少女(人形)であるのかな、と
氷の少女人形を制作しながら、そんなことを思いました。






☆スミレ色のドレスの少女はパラボリカ・ビスギャラリーにて展示中です。
http://www.parabolica-bis.com/SHOP/76776/146349/list.html

花迷宮冩眞帖


中川多理 花迷宮冩眞帖

hanameikyuu_folio.jpg


名古屋の古民家に展示された中川多理の和人形。
いろいろな出来事が起きて、人形たちに、そして中川多理に豊かな可能性を示唆してくれた。
人形たちの多くは貰われて行って今、手元にはほとんどいない。

古民家に棲息した人形たちの視線は穏やかだった。
身を潜め畳に座る人形たちを見るのは、至極の経験、見る人はおのずと人形の目の高さに身を置くことになる。
見て見られる関係。

朝日が差し込み、そして日暮れていく一日の中で、人形たちは古民家の空気に溶けている何世代もの人の息をもらった。
その一カ月の展示のドキュメントが「花迷宮冩眞帖」に納められている。
もちろん写っているのは人形そのものである。

中川多理の「花迷宮」の写真を展示しているときに気がついたのだけれど、
中川多理の写真の視線は、手に足に、着物に顔に……人形のディテールを渡っていく。
人形の写真は多くチャームポイントを外からの視点で見ることで生まれる。
中川は作家らしく、指が人形のパーツを磨き撫でるように、
フェティッシュに肌を整えていくように眸が指の代わりに人形を撫でてく。
そしてふっと全体像を見せる。
人形を作っている時の息吹そのままに、古民家で人形と棲息した作家の創作愛そのままに、写真が撮影される。

人形の闇とアートの創作性と、そして古民家の空気が、中川多理の眸と手によって定着したとっておきの30枚のオリジナルプリント。
中川多理自身が装飾をおこない、銅版画のエクス・リブリスを入れた「花迷宮冩眞帖」がリリースされます。



■写真サイズ:A4
■セット内容:人形写真30枚+銅版画1点+特製フォリオ

doll_photo_folio_4_640.jpg
doll_photo_folio_1_640.jpg


★作家みずからドローイングを施した貴重なフォリオに、人形写真30枚と銅版画1点が入っています。
※画像の人形写真は一例です。







【2014年10月10日〜11月14日 個展 イヴの肋骨+花迷宮】 
(名古屋 K氏の古民家)


+

名古屋古民家での撮影は、そのロケーションも相まってたいへん貴重な体験となりました。

朝の光の中から目覚めたように明るい貌をする和少女たち…が一転、夕暮れを経て薄暗い古民家の中で息をひそめて、文字通り人でない、何かの怪のような容貌に変化したり…

夜中撮影中に、御近所の猫に乱入されるという珍事もあり(笑)
また、近隣PTAの方から展示の看板の少女の画像にクレームが入るといった珍事も経て。人形の様相とは、姿とは…とそんな事にも思いを馳せながら、時間を忘れて楽しくシャッターを切っていきました。


DSC_7743.jpg
DSC_7868.jpg
DSC_7588.jpg
kominka02.jpg
DSC_7435.jpg

8208.jpg



今年2月のパラボリカ・ビスでの凱旋展にて、古民家での展示の様子を関東の皆様にも見て貰おうと、壁一面を使って写真の展示もさせて頂きました。竜胆(りんどう)の足を写した写真を皮切りに、古民家の中をぐるぐると巡る様に、一枚また一枚とインスタレーションされた壁の写真を見ていると、古民家での人形達との日々が蘇ってくるようでした。



FullSizeRender2.jpg


この時写真プリントを販売していたのですが、手にしてくださった方々から「保管をどうしようかなあ」という声を頂いて、御自分でファイリングされたり額装してくださったり工夫して頂いていたのを参考に、この度写真をそのまま保管できる特装フォリオを制作いたしました。

膨大な撮影分の中から厳選の30枚、和人形をイメージした銅版画を1点、フォリオ本体には和紙の様なテクスチャとドローイングを施し、展示に使用した花弁の模様を表にあしらい、最後に着物地を裂いたリボンを染めて結びました。

実際に古民家での展示を体験した方への思い出として。また、展示を見逃した方にはその時の空気を体感して頂けるように。
通販も対応しておりますが、パラボリカ・ビス店頭にて実物を御覧頂けます。一点一点仕上がりも違いますので、お近くの方は是非お手に取ってお確かめください。

詳細ページはこちら⇒http://www.parabolica-bis.com/SHOP/W_104.html


マリアの心臓第2回展覧会 & 名古屋巡回展


パラボリカ・ビス「物語の中の少女」展も無事に閉幕を迎えました。

会期ぎりぎりに追加した少女と兎も、思いのほか沢山の方々に愛でて頂き、頑張って連れて行って良かったなあと思いました。

IMG_3872.jpg
(マンディアルグ「仔羊の血」によせて:「兎 - eat me」)

御来場くださった皆さま、誠にありがとうございました。



++

7月に入り、すでに現在開催中の展示2件の御案内です。

まずは、新生マリアの心臓 第2回展覧会
【第二章 ~マグダラのマリア~】

◆2015年 7月4日(土)〜 7月20日(月) 休館日無し
◆午前11時 〜 午後5時(入場は4時30分まで)
◆観覧料 1,000円(税込)

出展作家など詳細はこちら⇒
【マリアの心臓 新HP:http://www.mariacuore.jp/ 】

+

内装リニューアルを経て、人形達の館が再度オープンいたしました。
テーマも変わり、また違った人形達の貌が見られそう。

今後のはっきりとしたスケジュールは未定ですが、佐吉さんにお伺いした所によると、毎月必ず開くという訳ではなく不定期にオープン(次は秋頃?)との事ですので、まだ御覧になっていない方はこの機会にぜひお見逃しなく。





もうひとつは、名古屋巡回中の
中川多理 「 散聚(さんしゅう)--散りそして集る人と人がた-- 」

名古屋・大須の素敵なセレクトショップ Deity's watchdogさんでの展示を無事終えまして、人形達は次の展示会場Bar Squintz (バー・スクインツ) さまに移動しております。

★2015年7月6日[月]~8月9日[日]
■展覧会 会場:Bar Squintz (バー・スクインツ)
■21:00~04:00/火曜定休
■愛知県名古屋市中区栄3-12-32 レジャーセンタービル4F 
最寄り駅:地下鉄名城線 矢場町駅・栄駅より徒歩約7分。
https://www.facebook.com/BarSquintz?fref=ts

CG3sbvIVAAAMY55.jpg
(画像はDeity's watchdogさまでの展示風景です。)



巡回中のこちらをのぞいて、しばらく展示の予定はありません。
引き籠って制作に向かうつもりです。
宜しければ、実物のお人形に会いに足をお運びくださいね。


 | HOME | 


無断転載・複写・使用を禁止します。
Copyright © 2008 Tari Nakagawa All Rights Reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。